「ビジネス新大陸」の歩き方特別版
大前研一が2005年を大予見!「デジタルライフ&ITビジネス」10の視点
おおまえ・けんいち 1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、94年退社。現在、UCLA政策学部教授、ビジネス・ブレークスルー代表取締役などを務める。
著書に『ドットコム仕事術』『日本の真実』他多数。
(週刊ポスト 2005年 1/14・21号の記事より)
●巨艦IBM離脱でパソコンは「無印・良品」時代に
●世界最高の技術力が企業を衰退させる
●携帯電話がデジタル家電を飲み込む
●アップル「iPod人気」はいつまで続く
●「IP電話」こそ最強のビジネスツールだ ほか
デジタル家電「新・三種の神器」からゲーム、携帯、IP電話まで、今年もIT関連の新製品が目白押しだ。だが、デジタル分野の競争は熾烈で、今後も価格低下による”利益なき戦い”が予想される。その中で、次のブレークスルーはどこにあるのか。大前研一氏が日本のデジタル近未来図を俯瞰(ふかん)する。
IBM「パソコン事業売却」の教訓
昨年暮れ、IBMがパソコン事業を中国のレノボ(聯想)グループに売却するというビッグ・ニュースが流れた。なぜIBMはパソコン事業に見切りをつけたのか?
最大の理由は、パソコン事業のビジネスモデルが大きく変わったことにある。
今やパソコンは、部品を寄せ集めて組み立てているだけのデルがシェア1位になっていることからもわかるように、いわゆる「ウィンテル(※1)」が入っていれば、それで十分になっている。人々が求めているのは”無印”で、”良品”のパソコンであり、デルはその代表なのだ。
この”無印・良品”化のキーワードは、「オープン・ソース」(※2)である。パソコンに限らず、デジタル分野ではオープン・ソースになると、企業の競争条件が一変する。
かつてIBMは、OS(基本ソフト)もCPU(中央演算処理装置)も自前で作っていた。そこに風穴を開けたのが、IBMの”出入り業者”だったマイクロソフトのビル・ゲイツであり、「ウィンドウズ」バージョン1だった。
オープン・ソースは新技術の普及を一気に加速させる。IBMパソコンが「世界標準」になったのも、「ウィンテル」がオープンになったからだ。だが、それによって、どこが栄えたか?部品業であり、デルのように部品を寄せ集めて最終製品にする「受注生産方式の組み立て屋」に徹したメーカーだけだ。この事実は今後のデジタル機器やIT市場を考える上で、非常に重要である。
※1 ウィンテル:OSにマイクロソフトの「ウィンドウズ」、CPUに「インテル」を使ったパソコン
※2 オープン・ソース:ソフトウェアのソースコード(プログラムの原文)が公開されていること
ここでは広義に自社製品が外部にオープンになっている意味で使っている
今こそセイコーの「失敗」に学べ
実は、格好の例が、セイコーの悲運である。
かつてアナログ時計は、ひたすら正確さを競っていた。正確な時計ほど高い値段で売れた。ところが、30年前にセイコーが水晶振動子とデジタル時計を開発したことで時計の精度は究極のレベルに達し、正確さの競争に終止符が打たれた。その結果、何が起こったか?クォーツ時計の心臓部がモジュール化され、1チップ150円にまで暴落してしまったのである。
その後、時計のトレンドはファッション性を追求したスウォッチと、ブランド力を売りにしたヨーロッパの高級時計に二分化し、それ以外のものは景品(ノベルティ)となった。この新たな競争から、セイコーは出遅れてしまった。その一方で、ライバルのシチズンは部品業に徹し、世界中の時計メーカーに安価なモジュールを供給することで経営を安定させて勝ち残った。結局、世界最高の技術力で正確さを極めたことが、逆にセイコーを衰退させるという皮肉な結果を招いたのである。
デジカメ市場はまだまだ伸びる
デジタル家電「新・三種の神器」の一つであるデジタルカメラも、いま、時計と同様の問題を抱えている。
日本のデジカメ各社は、技術力を強調し、より大きな画素数の新製品を競い合って発表している。なかには800万画素や1200万画素といった商品まである。だが、それほどの高性能が本当に必要なのか?そもそも230万画素以上になると、人間の目が識別できないし、現在の電送技術では写真を圧縮してから送らねばならない。
先のセイコーの例を見ればわかるように、デジカメの高性能化競争は方向性を間違えている。かつてアナログ時代のカメラは、日本の技術者の独壇場だった。だが、デジタルになれば”1チップ150円”の世界が待っている。また、高性能・高価格になるほどマーケットは狭まっていく。
実際、すでにデジカメの売れ行きは鈍化して、05年3月期の各社の業績予想は軒並み下方修正となった。潤っているのはやはり、レンズなどの部品業だけである。
とはいえ、デジカメ市場自体のピークが過ぎたわけではない。「実用的な400万画素以下の名刺サイズ」で、うんと使いやすい商品を出せば、まだまだ売れるはずである。適正価格は「1万円以下」。デジカメ企業として生き残ろうとするなら、そうした普及版の開発に注力すべきだろう。
「次世代DVD戦争」はどうなるのか
「次世代DVD」をめぐり、日本の電機業界が東芝やNECなどの「HD-DVD(HD)」陣営と、ソニーや松下電器産業などの「ブルーレイ・ディスク(BD)」陣営の2規格に分裂している(※3)。
両者の戦いは、昨年末、BD陣営にウォルト・ディズニーが加わることになって、ほぼ互角の情勢といわれているが、実はこの戦いは意味がないものだと私は考えている。
たしかに現行のDVDは記憶容量が5ギガしかなく、長い映画は1本すべてが入りきらない中途半端なものだ。一方、HDやBDは24ギガとか30ギガだから、普通の映画なら3〜5本入るようになる。
しかし、これは写真フィルムでいうと、売れなかった「36枚撮り」に似ている。
かつてフィルムは20枚撮りと36枚撮りの2種類だった。あるフィルムメーカーのコンサルティングをしていた私は、この規格に疑問を持ち、ラボで撮影済みのフィルムを調べてみた。すると、20枚撮りはもっと撮ろうとして巻き切っているものが多く、逆に36枚撮りのほうは最後まで取り切っていなかった。20枚では足りず、36枚だと余る。それなら20枚撮りを24枚撮りに増やせばいいんじゃないかと考え、メーカーに提案した。これがヒットして、数年後には世界中のフィルムが24枚撮りになったのである。
HDとBDは、この36枚撮りフィルムと同じで、1枚のディスクに映画を3〜5本入れるというニーズは、ほとんどないと私は思う。「次世代DVD」の正しいあり方は、現行DVDの密度を上げて長い映画でも1本全部入るようにすること。つまり、20枚撮りから24枚撮りにするだけでいいのである。そこから先は、後述するホームサーバー(※4)が取って代わるはずだ。
ソニーVS任天堂「高性能ゲーム」の命運
昨年12月、任天堂の新型携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」に続いて、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が「プレイステーション・ポータブル(PSP)」を発売した。
PSPは、技術的にはものすごい製品だ。白昼の太陽光の下でも画面がちゃんと見えるなど、優れた技術がたくさん採用されている。また、今年から来年にかけて発表される見込みの次世代ゲーム機(プレイステーション3)も、ブルーレイ・ディスクなど、さらに高度な技術を結集したものになるという。
だが、今後の世界のゲーム市場の方向性は、こうした高性能化とは別にある。
日本のゲーム機はエンジンの性能をどんどん上げ、それに従ってゲームソフトもどんどん高画質・高性能になっている。しかし、そんなに高度で複雑なものは、入れ替わりの激しい10〜20代を中心とする中核ユーザーには必要ないし、ゲームソフト会社もついていけないのが現状だ。むしろ、より大きなマーケットに向けていかに面白いソフトを創造できるかが重要なのだ。
日本ではあまり売れていないマイクロソフトのゲーム機「Xbox」が、世界的には巻き返してきている理由も、そこにある。「Xbox」は、オーソドックスなソフトや、世界の主流になりつつあるオンラインゲームにも力を入れている。ゲームソフト世界最大手のEA(エレクトロニック・アーツ)が「Xbox」向けのソフトを充実させている点も見逃せない。
世界的に見れば、PS1用などの昔の日本のソフトが意外に売れているという話もある。ユーザーの志向をもう一度、見極めるべきだろう。
※3 次世代DVD:青色レーザーを用いて記録容量を大幅に高めた新規格の高画質DVD
ブルーレイが多層化によって容量を高めやすいのに対し、HD-DVDは現行DVDとの類似点が多く、製造コストを安く
抑えられるのが特徴
※4 ホームサーバー:情報家電やパソコンなど家庭内のデバイスを集中管理・制御するソフトウェア/ハードウェアの総称
各デバイスのインターネットアクセスはホームサーバーにより共有できる
携帯電話がすべての機能を統合する
携帯電話は、カメラ機能に加え、「お財布」機能、ID(本人確認)機能、ネットで音楽や映像までダウンロードできる機能などが付いた、より高性能な「オールインワン」タイプが主流になるだろう。すでに一部でそうした機能が付いたモデルが出ているが、今後も携帯電話の進化が進むことを考えると、現在の機種には改善すべき余地が多い。
たとえば、イヤホンは無線にすべきだし、音質の向上や記憶容量を増やすといったことも必要になる。さらに長文のeメールやグーグルなどの情報検索がより簡単にできるようになり、面倒なキー操作ではなく、音声入力が求められるだろう。つまり、すべてのデジタル機器を携帯電話が飲み込んでいくかたちになる。むしろ今のデジタル家電の栄枯盛衰は、のちのち「携帯電話の進化の歴史」の1ページになるかもしれない。
アップル「iPod」より大きい需要とは
いま大人気のアップルの携帯音楽プレーヤー「iPod」も”最終形”ではない。
同社のスティーブ。ジョブズCEOは、音楽を「iTunesミュージックストア」からダウンロードする使い方を中心に考えている。もちろん最新ヒット曲をダウンロードする市場は、これからも拡大するだろうが、新しい曲に興味のない人もいるし、大半の人は自分のCDやLPレコードを持っている。ダウンロードは有料だが、自分のCDを聴く分には無料だから、それをデジタル化する需要のほうが大きいはずだ。
デジタル時代に入って「コンテンツ」の重要性が叫ばれているが、実は「最強のコンテンツ」は他人が提供してくれたものではなく、自分の「お気に入り」なのだ。それをいつでもどこでも楽しめるようにするデジタル機器が、次に述べるホームサーバーである。
ホームサーバーが家庭の中心になる
ホームサーバーは、すでに各社から240ギガや300ギガの商品が発売されているが、どれもまだ使い勝手が悪く、機能的にも不十分だ。
私のイメージは、家族の情報すべてが、ホームサーバー中心に集約されているというものだ。各家庭でホームサーバーに入れるものは、まずドキュメント類。卒業証書や各種契約書などをPDFファイルで保存する。もう一つは写真。古いアナログ写真をデジタル化し、デジカメで撮った写真と同じプラットホーム上で整理する。さらに好きな音楽、映画、自分たちがビデオカメラで撮った映像などを入れれば、家族の「お気に入り」ライブラリーができる。
データファイルは「家族共有」と「個人別」に分け、「個人別」にはファイヤーウォール(セキュリティ)を設けて、本人以外はアクセスできないようにする。そしてすべてのデータはデータセンターで常にバックアップを取っておく。そうすれば、地震などでホームサーバーが壊れてもデータが失われることがないし、外出先からいつでも自分のデータを呼び出せる。
こうしたホームサーバーを中心とする「家庭のデジタル化」は、今後どんどん加速し、10年後ぐらいには移行が完了すると私は見ている。
”課サーバー”導入が会社を強くする
家庭だけでなくオフィスでもホームサーバー的なHDD(ハードディスクドライブ)の使い方がカギになるだろう。
まずは、社員がバラバラに持っている情報の共有化である。考え方はホームサーバーと同じで、会社全体で共有すべきデータ、部署ごとに共有すべきデータ、そして個人的な情報を分けて保存し、必要に応じてそれを引き出し活用する。ホームサーバーに対して”部サーバー””課サーバー”とでもいうべきものだ。
実は、マッキンゼーが経営コンサルティング会社としてダントツに強くなった最大の秘訣は、この社員情報の共有化にあると私は考えている。たとえば、ある社員が新たなプロジェクトを手がけることになった場合、過去に似たような仕事をしたケースの情報がすぐに入手できる。全世界6000人の社員の中で、最も経験が豊富なのは誰かということも簡単にわかる。だから、その社員にeメールや電話で直接アドバイスを受ければいいのである。
これと同じことを”部サーバー””課サーバー”というコンセプトでやれば、単なるデータベースから「ナレッジ・マネジメント」(知識管理)という攻撃的なフェーズに入ることができ、コストと時間の軽減にもつながる。この「サーバー革命」は、いわば天動説から地動説への転換だ。仕事のやり方が一変して効率が格段に上がるはずである。
「IP電話」ほどパワプルなツールはない
05年にいっそう拡大するのが、VoIP(ボイプ)(※5)という技術を使ったIP電話(インターネット電話)である。
いまのところIP電話は、電話代がタダになる、といったコスト面での優位性ばかりが強調されている。だが、もっと新しいビジネスツールとしての機能に注目すべきだ。
すでに私はネット講義でIP電話の会議システムを使っているが、これほど画期的でパワフルなツールはない。60名の生徒を相手に、カメラで私の講義を生中継しつつ、画面上の資料や白板にリアルタイムでポイントなどを書き記し、受講している生徒に個別にeメールを出すこともできる。インターネットさえつながっていれば、世界中どこにいてもこの講義に参加できるし、もし参加できなくても、後でサーバーにアクセスすれば誰でも講義を追体験できる、というスグレモノだ。このIP電話の会議システムは、間違いなく今後のビジネスの主流になるだろう。
これから数年のうちに、デジタルライフやITビジネスはさらに劇的に変化する。そして実は、こうした技術はデジタル家電で世界の最先端を行っている日本企業の最も得意とするところだ。あとは、この変化にいち早く対応し、いかに使い勝手のいい製品を提供できるかどうかである。
※5 VoIP(Voice over Internet Protocol):従来のような電話回線ではなく、インターネットやイントラネット網などを経由して音声を伝える仕組み
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