最近の時代背景となるキーワードとその意味
ユビキタス [ubiquitous]
ITと日本の再生 ユビキタス技術の発信を
坂村 健・東京大学教授 51年生まれ/慶応義塾大学博士/専門は情報工学
(日本経済新聞 2002/12/19(木)の記事より)
コンピューターのユビキタス(ラテン語で「偏在=どこでも」の意)化では、日本は一歩進んでいる。
これは新産業構築のビジネスインフラにもなる。標準規格で主導権を握ることが重要であり、企業が集結すべきだ。
IDの一本化構築の基礎に
すべてのものにネットワーク更新能力を持つ超小型コンピュータが組み込まれ、 全ての人がそのネットワークをやりとりする情報端末を携帯する。このようなコンピューターの使い方のモデルを「ユビキタスコンピューティング」という。このコンセプトは私の進めているTRON(多様なコンピュータで使用できる基本ソフト、トロン)プロジェクトで15年前から言い始めたものだが、必要な要素技術も充実し、今花開こうとしている。超小型コンピュータとネットワークの力がまさに「どこでも」使えるという環境は革命的に新しいアプリケーション(適応業務)を生み新産業を誕生させるだろう。
たとえばインターネット対応冷蔵庫を考えてみよう。インターネットに接続され、買い物中に外出先から庫内の状況を確認できる。確かに良さそうだが、実際には庫内の状況を一つ一つ確認し入力し、使うたびにいくら使ったかを打ち込む。これでは実用にならない。
しかし、食品ラベルの全てにあらかじめ極微の電子タグが埋め込まれ、商品名・製造者から賞味期限まで入っていれば、ユーザーは商品を冷蔵庫に出し入れするだけでいい。
十分な情報量を持った電子タグならバーコードと違い個々のモノを一つ一つ認識できる。いつ買ってきたかも把握できる。より進んだセンサー付の電子タグなら流通過程も含めた温度変化もわかる。
つまり、電子タグのメリットは、製造過程から流通・販売・利用・故障修理など製品の全ライフサイクルでの管理に利用できることである。さらに、その製品が不要になれば、記憶された使用状況の情報を生かして再利用も出来るしネットワークから材質や分解工程の情報を読み出して自動的に分解し、資源毎に分別して完全なリサイクルも可能になる。
ここの段階の便利さはささやかでコスト的に成り立たなくても、全体でのメリットを考えると社会的に十分ペイする。このような、トータルシステムとしてはじめて成り立つという考え方がユビキタスコンピューティングの基本だ。
そのためにやるべきことが電子タグの仕様の共通化であり、なかでもID(一つ一つに与えられる個別番号)の一本化である。コンピューターが状況を認識する基礎となるのが「これは何か」を認識するための個々のモノにつけられるIDだからである。
発想が異なる米での企画化
しかし残念なことにこのような業界を超えた標準規格の構築は日本が不得意な分野に属する。
その重要性に気がつき既に動き始めているのがやはり米国である。マサチューセッツ工科大学(MIT)を中心としたオートIDセンターというプロジェクトを興し、応用側と技術提供側の企業を多く集めている。既に何社かの日本企業も多額の参加費用を払って参加しているという。
もちろん、よいものであれば、米国が決めたものだからといって排除する理由はない。しかし、二つの問題点がある。
一つ目の問題点は、オートIDセンターが、ユビキタスコンピューティングの一環というより、より簡単なバーコードの進化系として始まっていることである。そのためユビキタスコンピューティングの開発研究で我々が最も重点を置いているセキュリティ確保の観点からシステムが作られていない。
二つ目の問題点はオートIDセンターの考えているメカニズムが、米国が覇権を取るのに成功したインターネットの勝ちパターンをそのまま踏襲していることである。インターネットは根本レベルでセキュリティ的に微弱なシステムである。商品の流れを把握しその情報を集積すれば個人の行動を把握でき、プライバシー的な問題は大きい。だからこそ我々の研究では、システムそのもっと根本レベルにセキュリティ機能を組み込み、ユーザーが主体的に情報の流れを制限できるように考えている。
また、インターネットと違い、ユビキタスコンピューティングでは、リアルな「場所」に大きな意味がある。ホームページの情報は実際には米国にあろうが日本にあろうが構わない。しかし、ユビキタスコンピューティングでは、まず重要なのは同じ部屋の中、同じ家の中の通信であり、その範囲を超える通信はセキュリティに相当気をつけて行う必要がある、その意味で物理的な場所という概念を持たないインターネットのメカニズムは不適当である。
このような理由からオートIDセンターの考えているメカニズムは、より広い範囲であるユビキタスコンピューティングには適していないと我々は判断している。
ユビキタスコンピューティングは物理的な場所だけでなく、商習慣や法規など社会システムに深く関わるローカル性を持つ。そのため、日本のビジネスインフラに米国のものをそのまま持ち込むことには無理が多い。また、情報技術のいいところは適正な変換ゲートを通じて情報流通することが可能であり、米国のオートIDセンターで定義された商品を日本に持ち込んだとき、我々の様式でそれを取り込むことに大きな問題はない。むしろこのようなセンターは世界各国でそれぞれの国の事情にあわせて立ち上げるべきもので、その間での情報流通が出来るようになっていればいい。
今のIT時代を形作っているコンピュータの重要な概念は、パソコンにしろインターネットにしろ米国オリジン(起源)モノだった。これに対し米国由来の「ユビキタス」が主流だが、ユビキタスコンピューティングは日本(TRONプロジェクト)オリジンである。
さらにユビキタスコンピューティングのコンセプトが適応されるのはまず小さくても高性能な生活環境を構成する機器であり、携帯電話をはじめそもそも日本が強い分野である。電子タグについても日本の技術は最先端にあり、数ミリ角でアンテナまで含んで動作するものまで開発されている。
さらに、電子タグによるバリューチェーン(価値の連鎖)は、そのチェーンに関わる企業からなるバーチャルカンパニー構築を可能にする。
よりよいユーザーサービスを可能にしたり、的確なアフターケアで顧客満足度をあげたり、実情にあったリアルタイムのマーケティングにより製品の無駄をなくしたり、売れる商品をすばやく市場に投入したりと行った孤立した個々の中小企業では負担の大きなことをコンピューターによる効率化で最小の間接コストで実現できる。
企業集結しセンターを
そういうビジネスインフラができれば、大企業よりむしろ、多くの中小企業が新しい多様なサービスを企画して市場を活気づける役割を果たせるようになるだろう。
いくら要素技術に優れていても、基幹部分の仕様決定のイニシアチブを失ったことがパソコンにおける日本企業の不振の根本の理由である。日本の製造業を元気にするためにも、そして多様なユビキタスビジネスが生まれるためにもパソコンの二の舞は避けなければならない。
今こそユビキタスコンピューティング社会のための、日本のユビキタスIDセンターが必要とされている。ユビキタスコンピューティングの要素となる組み込みシステムの開発工場を目指した共通プラットフォームのための「T-エンジン・フォーラム」が今夏、22社で発足した。現在は70社を超える団体となっている。この中で、先述したユビキタスコンピューティングに関係する全ての要素のためのIDセンターも立ち上げる。
ユビキタスコンピューティングで一歩進んでいる日本が自らリスクを取り、そのセンターを立ち上げる。そして、そこで確立した技術を世界にオープンに提供する。それこそが今、日本が出来る世界貢献の道でもあると考える。
この記事は、インターネットとは別の概念として、ユビキタスコンピューティングの時代の到来に期待している。そのために日本が主導権を取って世界標準を規定することが重要であると述べられている。この記事の主役は、組込型マイコンである。マイコンの通信機能が拡張強化されると言うことになる。ユビキタスコンピューティング社会は、ポストインターネットでなく、それと同時進行するのだから、その過程において、セキュリティの問題を解決しつつインターネットとの融合も生まれる。どちらもネットコンピューティングであり、融合することによるメリットは、計り知れないものだろうから。超小型コンピューターを用いて、ネットコンピューティングを行う本格的時代がやってくるのだが、そのバックヤード(裏側)には、高度なセキュリティ機能を有するサーバー群を不可欠なものにする。
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